【鷹の盗塁のスペシャリスト】周東右京ってどんな選手?

プロ野球

迫るプレミア12にも、盗塁のスペシャリストとして選出された、周東右京選手ですが、選ばれた当初は「誰?」という声もありました。

ですが、記憶にも新しい日本シリーズでの活躍もあり、驚かれた人も多いでしょう。

そこで、プレミア12でも活躍が期待される周東右京が一体どんな選手なのか、分かりやすくまとめてみました!

【高橋礼らと同期!】基本情報・経歴

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周東右京(群馬県出身)

東京農業大学第二高等学校⇒東農大北海道オホーツク大学

【生年月日】1996年2月10日(23歳)【身長・体重】180㎝・74㎏ 右投左打

実はこの周東右京選手は、2017年の育成ドラフト2位で指名された選手なんです。

その時の同期には、全体2位指名で同じく侍ジャパンの高橋礼投手、同じく育成では今季先発ローテーションを支えた大竹投手など、そうそうたるメンツがそろっています。

2年前までは育成選手だった人が、今や侍ジャパンにまで選ばれるようになるとは、だれも予想していなかったでしょう。

ソフトバンクのスカウト陣には頭が下がります。

実績

東京農業大学第二高等学校時代~

大体、プロに入るような選手は甲子園に出場しているのですが、実は周東選手は一度も甲子園に出場したことがありません。

高校3年の夏の大会では主将としてチームを引っ張り、決勝まで導きましたが惜しくも現西武ライオンズの高橋光成投手擁する前橋育英に敗れ、出場はなりませんでした。

東農大北海道オホーツク大学時代~

大学に入ると、1年からレギュラーとして活躍し、1年次:DH・外、2年次:外、3年次:三、4年次:三・遊を守るなど、ユーティリティープレイヤーとしてチームに欠かせない存在でした。

また、大学通算40盗塁も記録し、3年(三)、4年(遊)の2回、ベストナインに選ばれるなど、大学での実績は十分スカウトの目に留まるものでした。

プロ入団後(育成選手時代)1年目~

育成での入団でしたが、2軍ではほぼレギュラーとして試合に出場し、前半戦で14盗塁、フレッシュオールスターにも出場し、優秀選手賞を受賞するなど、一躍脚光を浴びました。

結局、このシーズン打率は233でしたが、リーグトップの27盗塁を決めU23W杯にも選ばれ、初戦の南アフリカ戦で公式戦初ホームランを放つなど、1年目なら十分すぎるほどの活躍を見せました。

プロ入団2年目(支配下選手)~

1年目での活躍が評価され、2年目には1軍に帯同しオープン戦14試合に出場し、3月26日には遂に支配下登録されました。

1軍のレギュラー格に故障者が続出したという事もあり、1軍の帯同は続き、4月7日には1軍初出場、4月9日に初盗塁、4月21日には1軍で初スタメン初ホームランを記録するなど4打点の活躍を見せました。

ゴールデンウィーク後は、故障者の復帰もあり、出番は徐々に減っていき後半戦になると、代走・守備固めとしてチームを支えました。

それでも、盗塁数はチームトップの25盗塁、守備でも内外野ともにこなし、特に外野の守備力はチームでもトップクラスでした。

選手としての特徴

50m5秒7の驚異の足

周東選手の特徴といえば、何といってもその【足】でしょう。

50mを5秒7で走り、1塁到達タイムは4秒を切れば俊足といわれる中で3秒75を記録するなど、超韋駄天です。

そして、周東選手の名を轟かせた2軍での2つのプレーがあります。

1つ目が、平凡なショートゴロを内野安打に、2つ目が、2塁打コースのところを3塁打にまでもっていったプレーです。

また、強い打球のゴロでもぎりぎりアウトなので、その足の速さは特筆すべきものがあります。

分かっていても止められない塁上のスペシャリスト

元々足が速かった周東選手ですが、1軍に上がると、同チームOBで元盗塁王の本田雄一選手、同じく俊足の城所龍磨選手らの指導もあり、レベルはぐんぐん上がっていきました。

2019年シーズンの盗塁数は25のパ・リーグでは5位で、数だけ見れば41個で盗塁王を獲得した西武の金子選手などもいます。

では、なぜ侍ジャパンに代走要因として周東選手が選ばれたのか、それは盗塁の成功率の高さでしょう。

前述で述べた金子選手は524打席立って41盗塁(成功率804)、同じく西武で2位の源田選手は609打席立って30盗塁(成功率769)、3位のオリックス福田選手は583打席立って30盗塁(成功率682)です。

そして、周東選手は僅か114打席で25盗塁(成功率833)で、上位3人に比べて、打席数が少ないにもかかわらず、成功率も上回っています。

しかも、代走で出る機会がほとんどで、相手も当然マークしてきます。その中で残したこの数字は、1流の証です。

記憶に新しい日本シリーズでも、盗塁はなかったものの、塁にいるだけで相手にプレッシャーをかけ、巨人の選手たちを翻弄しました。

だからこそ、侍ジャパンにも選ばれたのです。

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